キカ

キカ <ヘア無修正版> [DVD]
 まず、この作品はサスペンスではないと言っておこう。むしろサスペンスに付随する複雑極まる人間関係を一笑に付す(そして諦める)、ペドロ・アルモドバル一流のユーモアとアイロニーに充ちた作品だ。

 それは、この作品のタイトルが『キカ』であることからも明らかである。

 彼女は一見して物語の外部に疎外されている。ストーリーが進行するにつれ、ラモンやニコラス、アンドレア、そしてファナやパブロといった人物たちの相関関係が明らかになってゆくなか、彼女だけは殆ど過去に言及されることなく、ただ状況に巻き込まれることでかろうじて物語への参与を許されている状態なのだ。

 しかし、ストーリーの糸がもつれ合ったまま突入した終盤において、私たちはようやく、この作品の華麗な転倒に気づかされる。恐るべき事件が一応の収束を見せた後、ユーカリ館を去るキカが道中でヒッチハイカーを拾うラストシーン。これまで皆が一丸となって築き上げてきた重厚なドラマを、いっさい無視してあっけなく「次」に乗り換えてしまった瞬間、この作品はオープニングで映し出されたように、まさしく鍵穴を覘くようなものでしかなかったことが明らかになるのである。

 これらをどのように捉えるのかは各人に委ねられるわけだが(例えば何度も「鍵穴」の向こうを覘き見ようとして裏切られたキカの孤独感から他者との断絶を読み取るとか)、僕はこの痛快さだけでこの作品を素晴らしいと感じた。奇抜なファッションや色彩感覚だけに惑わされるのは勿体ない。まったく抜け目ない監督である。