街のあかり

 台風一過の快晴かと高を括っておれば、見る間に天気が崩れていったので早いうちに予約を取って散髪に向かうことにした。予約はすんなりだったが、なぜか現場で30分ほど待たされる。いつも同じヘアスタイルですね、気分転換に変えてみようと思わないんですか。ひと通り切りおわった髪にドライヤーをかけながら美容師の男が口にする。言うタイミングが違うのではないかというのはさておき、確かに毎度毎度の注文が「このあいだと同じでお願いします」なのだから、彼にすれば少しは疑問を覚えるのだろうか。髪型に対してまったく頓着しない性質なので、それならば次回はキブンテンカンしたいですと軽く答える。というわけで次回が楽しみだ。
 それから池袋界隈をぶらついていると、人世横丁でロケ隊を発見した。狭い通りにガツガツと機材が持ち込まれている。若い店主の出店が相次いで最近盛況だという記事が、ちょうど先ほどの美容院にあったHanako池袋特集だかで紹介されていた。それとは関係ないだろうが、とにかく何かの撮影がおこなわれていた。異常に焚かれた照明のせいで通り一帯が真っ白になっていた。
 その後、西部の方まで引き返してデパ地下でモロゾフのレアチーズケーキを購入。帰りがけに酒店でベルギービールを何本か購入。昨日の台風が杞憂であったことの反動からか、今日はやけに人が多い。視界に映るものがいちいち余分に思える。音楽が欲しくなったのでiPodを取り出す。イヤホンはゼンハイザーに変えている。やけに大きくて長時間付けていると耳が痛くなる代物だが、それでも低音に力があって変えがたい魅力がある。ナンバーガールの「OMOIDE IN MY HEAD」が耳元で炸裂。1999年に新宿JAMでおこなわれたFAN CLUB3のライブバージョンだ。渾然一体として激しく牙を剥いた音音音に圧倒。濁流をドバドバ浴びて脳内チューニングシステムが唸りを上げる。混み合う駅構内をすたすた歩く。すたすた歩く。これは今読んでいるヴィトルド・ゴンブローヴィッチ「トランス=アトランティック」の影響だ。その後もナンバーガールは続いた。

 日付を一日戻して……映画を観た。「街のあかり」。フィンランドの監督アキ・カウリスマキの生誕50年を記念した作品。ついでに渋谷ユーロスペースも25周年らしい。警備会社で夜警のアルバイトをしている主人公コイステネンは「犬のように忠実で、バカで女々しい」徹底して孤独な男。そして不幸。実直であるゆえに周囲との軋轢が絶えない一方、一見して敗残者のムードを漂わす彼は周りから遠ざけられている存在でもある。その主人公演じるヤンネ・フーティアイネンの表情が良くて、つねに不満そうで、ふてぶてしく、何かを諦めてしまったかのような哀愁と、虚勢を張ってでも一矢報いようとする決意が混在していて、なんだかやけにカッコいい。数々の不幸に見舞われながら、あるいは自ら追い込んでいきながら、最後の最後で瞬く灯りは、決して手放しで喜べるものではないけれど、ささやかで尊く、力強い。映像も無駄がなく独特の静謐感がありますね。あとライブハウスのロックバンドが素敵だ。カウリスマキの得意とするところだ。